防具付空手道

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錬武会の空手について

空手道は日本の武道のうちの一つで、突く、蹴る、受ける、の全身運動から成り立っていて、器具を使わずいつでもどこでも老若男女誰でも稽古ができます。
空手道を学ぶ事で、健康維持、体力増進、人間教育として礼節、克己心、和の心を伝統文化を通じて学べる武道です。

われわれ全日本空手道連盟錬武会は、伝統派空手を統括する『公益財団法人 全日本空手道連盟』傘下の唯一、「防具付空手」によって組手試合を行う全国に支部を持つ団体です。

その錬武会神奈川県本部は神奈川県空手道連盟にも属し、横浜市、川崎市、海老名市、厚木市、藤沢市、座間市に10支部道場を持つ団体です。それぞれの支部がまた各市連盟に加盟して、地元の空手道普及、指導に努めています。

防具付組手はもちろん、無防具組手にも力を入れて、国体やオリンピックの代表選手を目指して稽古に励んでいます。
現在所属の道場生には下は3歳幼児、上は70歳の高齢方も楽しく続けています。

 

錬武会神奈川海老名支部創立三十周年記念

 

防具付空手について…

戦前において、空手は柔・剣道その他の武道とともに武術一辺倒としてその威力を怖れられ、危険なかつ、神秘的な武技としてかぎられた者の間にのみ行われていました。われわれは先見をもって真の空手の興隆は実戦的かつ、安全にして明確な判定を下せる試合を行うべき必然性に着目し、終始一貫防具による空手の指導と研究に邁進して今日に至っています。

なお防具については昭和の初期において沖縄空手の摩文仁賢和先生、宮城長順先生及ぴ一部の大学の研究会において研究実験されていた事実があり、その必然性を約70年もの前にこれら先覚者達は認めていたのです。

その先駆者の一人である、遠山寛賢先生の修道舘をルーツとし、武道禁止令によって日本人から武道の精神が失われないよう、剣道の防具を使用して組手稽古を開始したことが、今日の防具付空手道の発展へと繋がっています。

錬武会は1954年まで「全日本空手道連盟」という名称でしたが、空手界に秩序を与えるべく剛柔流、糸東流、松濤館流、和道流などの伝統派空手諸派と一致団結する為に現在の「公益財団法人 全日本空手道連盟」にその名称を譲った経緯があります。そして第1回大会昭和29年(1954年)神田共立講堂で日本国内で最初の空手道大会を開催、成功させた空手界でも歴史を持つのが防具付空手道の錬武会です。

防具付空手道競技ルールは、「直接打撃・一本勝負」です。防具を装着した上段、中段への直接打撃によって技を競い合います。
「一本」および「技有り」となる打撃強度は各団体のルールと比較しても厳しいと言われており、伝統的な空手道の動きに則った強打の気迫あふれる攻防が展開されます。

このように時代に合わせてルールを検証しながら、安全かつ強靭な一本勝負の空手道競技を行っているのが錬武会の防具付空手道なのです。

 

不憤不啓「フフン・フケイ」

錬武会神奈川の団旗と本部道場訓には不憤不啓(フフン・フケイ)がうたわれています。
「何て読むの?どう言う意味?」と問合せが多くなり読み方と、解説を掲載しましたので
「不憤不啓」を良く理解して空手道に精進して下さい。

不憤不啓

先生が言われた。『憤るくらいでなければ啓蒙(教育)をしない。言いたくて仕方がないというくらいでなければ、教えの言葉を発しない。一隅を挙げて説明した場合に、三隅をもって返答してこないのであれば、二度と教えることはない。』「問題意識をもって自ら取り組もうという情熱ない者は、ヒントを与えてもピンと来ない。解決の糸口を見出そうと粘り強く努力する根気のない者は、何を教えても身につかない。喩えて云えば、四角いものの一隅を教えたら、あとの三隅を試行錯誤しながら解明する位の意欲がなければ、何一つものにならないのだ」

[解説]

教育者(指導者)としての孔子の基本的態度であり、『弟子が自分自身で問題意識を持つ大切さ』と『教育者の教えたいという情熱の激しさ』について語ったものであり、『志学の精神』がないやる気のない弟子に対しては、孔子は二度と教えるつもりはないと厳しい宣言をしている。


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錬武会神奈川の団旗と本部道場訓には不憤不啓(フフン・フケイ)がうたわれています。その意味とは?

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